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マスターのブログ Blog(雑感)

沖縄産業の礎を築いた公務員 儀間真常(1577〜1644)

 

今日はみなさんが知らない沖縄の偉人についてお話しさせて頂きます。

 

沖縄県は以前、琉球王国が450年続いておりました。

 

その琉球王国時代、日本がまだ戦国時代の頃、琉球に「儀間真常 ぎましんじょう」という下級役人がいました。

 

1596年、真常が39才の時、仕事で明(みん 現在の中国)に派遣された時、現地で作物の生産増加の技術や発育状況を見て、琉球との違いに衝撃を受けました。

 

そして真常は、琉球でも農業や産業振興の必要性を痛感し、上司の野口総管が明より持ち帰った「蕃薯 はんしょ (さつまいも)」を地元に持ち帰り、苦心して栽培に成功しました。

 

それは「挿芽法」という方法で、現在でも広く使われている方法であります。

 

その他にも、薩摩から持ち帰った綿の種子を栽培する事に成功し、綿花栽培を奨励して「琉球がすり」を産業化しました。

 

そして、サトウキビの生産を増加させ、明より精糖技術を学び、黒糖産業を全土に広げることにより、琉球王国に莫大な利益を産み出すことになりました。

 

このように儀間真常のおかげで、サツマイモは琉球から鹿児島に渡り、日本全国に広がることになりました。

 

江戸時代には享保、天明、天保の大飢饉がありましたが、サツマイモを栽培していた地域では、餓死者は出なかったと言われています。結果的に儀間真常は沢山の日本人の命を救ったのであります。

 

 

五十肩は四十肩ではない

 

今朝起きると、何だか肩が重く、起き上がって靴下を履こうとしたら、肩に激痛が走りました。

 

初めは「また浮遊霊に取り憑かれたかな?」と思い、除霊のための塩を用意しようと思いましたが、どうやら右肩と右首の方だけに痛さが残ります。

 

 

よくわからないけど、「寝違えたかもしれない」と思い、「イチ、二、サン」と数えながら腕をぐるぐる回し、

 

 

柔軟体操をしながら腕を回していましたが、50回くらい回したところで痛くて回せなくなりました。

 

という事は、

 

たぶんそうです、50回くらいしか回せなかったということは「五十肩」に違いありません。

 

これが噂に聞いた五十肩なのであります。マスターが生まれて約半世紀。人類が二足歩行を始めてから必ずといっていいほど経験するという「ギックリ腰と五十肩」。

 

まさに人類の進化の過程を体感した瞬間でした。

 

という訳で、今日は湿布を貼って寝ることにします。

 

 

 

みんな大好きエース堂

 

先日、子供と境港の水木しげるロードの端にあるプラモ屋さんの「エース堂」に行ってきました。

 

エース堂の一番上の棚に飾ってある飛行機「青嵐」が半年前から欲しくて、ヘソクリを握りしめ意気揚々と向かったのであります。

 

しかし残念ながら売り切れており、「このようなマニアックな飛行機を買う人がいるんだ」と悔しく思いました。

 

一緒に行った子供は、軍艦のプラモや戦車のプラモを見ていたので、「この軍艦は武勲艦だよ」とか、「この塗装はアフリカ戦線のカラーリングだよ」とか教えてあげて、楽しいひと時を過ごしました。

 

結局、子供はマブチの水中モーターを選びましたが、

 

レジで支払いをする時、エース堂のお婆さんが子供に「お父さんと色々お話しができていいねー」と声をかけて下さいました。

 

人生の先輩方にお聞きすると、子供が小学生を過ぎると、親と行動をともにしないらしいですので、今のうちに子供と思い出作りをしたいと思います。

 

皆様が子供の頃、今でも記憶に残るご両親との思い出は何でしょうか?その思い出こそが、ご両親に愛されていた証なのだと思います。思い起こせば親の恩は様々な場面で感じられると思うのです。

 

今日もマスターのつたないブログを読んで頂き、ありがとうございました。

 

(写真はアメリカのスミソニアン博物館に展示してある青嵐。アメリカでは青嵐を最大限の賛辞をもって展示してあります。)

青嵐 せいらん

 

 

ゴールデンウィークにご来店頂き誠に有難うございました

 

ゴールデンウィーク期間中、県内外を問わず沢山のお客様にご来店頂き誠に有難うございました。

 

期間中、至らないところが多々あったと思いますが、これからも努力して行く所存でございますので、変わらずご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

 

連休中の営業では、あまりの忙しさに料理を作ることに時間をとられ、お客様との会話があまり出来なかったことが悔やまれます。

 

さかな工房スタッフみんなの感想としましては、マスターが会話に夢中になるあまり、焼き魚が真っ黒に焦げてしまったり、オーダーを忘れたりする事が無いので、よかったとのことでした。なるほどなるほど(泣)。

 

皆様におかれましても、良いゴールデンウィークをお過ごしになられた事と存じます。

 

次回、また夏のお盆期間に皆さまのご来店をお待ち申し上げております。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

海とくらしの史料館に マンボウ博士の沢井さんが就任されました。

境港 海とくらしの史料館

 

境港市の学習中核施設であります「海とくらしの史料館」に新しくマンボウ博士の沢井さんが就任なさいました。

 

海なし県の奈良県在住の沢井さんでありますが、マンボウの事なら何でもお聞き下さい。

 

海とくらしの史料館では、マンボウ100の質問箱が設置されており、マンボウや沢井さんに関する質問を出来る範囲でお答えします。

 

皆さまにおかれましても、境港市民の、境港市民による、境港市の海とくらしを、全国へと発信する史料館を、どうぞ訪れてみてください。

 

そして、今回は特別に、

 

マンボウに関する、よくある質問QアンドAに、マスターが沢井さんになり代わりお答えします。

 

Q、マンボウは美味しいですか?

 

マスター A、

そんなに美味しくないと思います。観賞用のお魚だと思います。

 

Q、昔、マンボウが流行り、マンボウズボンをはいて踊ったことがありますが、マスターは知っていますか?

 

 

マスター A、

知りません。マンボウは曲の合間に、

「ウッ!」と変な声を出すのは知っています。

 

Q、マスターはさっきからマンボウと言ってますが、本当はマンボではないのですか?

 

マスター A、「ウッ! マンボ! 」

 

そんなわけで、黄金週間は皆さま、

境港市 海とくらしの史料館へ行って、

巨大なマンボウ「チョボリン」を見て、貴重なマンボウの鳴き声!を聞いてみてください。マンボウが鳴くなんて、驚きモモの木、山椒の木、ブリキにタヌキに洗濯機であります。

 

 

 

 

 

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