先日、珍しく妻と2人で境港市にある「海とくらしの史料館」で行われている「美保関沖事件  回想大展示会」に行ってまいりました。

 

昭和2年8月24日の深夜、美保関沖で海軍の夜間演習が行われました。その時に大事故が起き、119名の方が一瞬で亡くなられました。この事件は「海の八甲田」とも言われ、

 

この事件の解説や、昨年の水中探査の様子を知ることができる展示会でした。

 

妻は歴史に全く興味がありませんので、マスターは解説し甲斐がある展示でした。

 

会場の中で目を惹いたのが、当時美保関沖に集まった連合艦隊のプラモデルで、ほとんどの艦艇が展示してあり、

 

第1航空艦隊旗艦の空母 赤城が、全通甲板に改装前の、三段空母の姿で展示されてありました。これだけでもヨダレがでます。

 

空母赤城は、もともと巡洋艦になる予定でしたが、ワシントンやロンドンの軍縮条約により、急遽、空母に改装された異色の空母であります。

 

そのため装甲は厚いのですが、速度が遅く燃料も食う軍艦でした。皆さまご存知のとおり、残念ながら空母赤城は、昭和17年6月5日のミッドウェー海戦で撃沈されます。

 

このたびの展示会は、この艦隊のプラモデルを見るだけでも価値があります。当時、支那の沿岸を陸軍と共同作戦で航空支援した「水上機母艦」などもあります。

 

余談ではありますが、当時の陸軍機は山より低く飛びませんでした。海軍の水上機は水面から飛び立つので、高い低いのカンがあり、低空を飛ぶことができました。それで94式や95式水偵での支援が要求されたのです。

 

そんなこんなで、妻にはちんぷんかんぷんなひと時を過ごしてもらい、申し訳なかったです。おわびにマッサージをしてさしあげたいと思います。